刑事手続のIT化に関する若干の懸念

2021, Jul 07

議論の現状

本年3月31日より,刑事手続のIT化が法務省の検討会(刑事手続における情報通信技術の活用に関する検討会)で議論されている。
http://www.moj.go.jp/keiji1/keiji07_00011.html

同検討会の検討範囲・前提としては,現行手続について変更を加えず,システムの話はしないこととされている。また,検討される論点項目は第2回会議において資料4として示されている。
http://www.moj.go.jp/keiji1/keiji07_00015.html

なお,論点項目は法務省から示されたものではなく第1回において各委員から意見が述べられたものを集約したものである。したがって,記載のある事項について全て同程度の実現可能性があるわけではない点に注意を要する。

さて,現在の議論状況を仄聞するに,情報通信技術の活用は現在の刑事手続を大きく変えるものではないとの理解が広く共有されているように思う。しかしながら,これを情報経済的な観点から見たときには,現在の刑事手続のバランスを損なう可能性のあるものであることから,その懸念を以下に示す。

自動化が引き起こすもの

まず,IT化一般の特質について考える必要がある。IT化の効果は自動化と情報化とに分類される(Shoshana Zuboff, 1985)。大意,自動化とは自動処理等による効率化であり,情報化とは効果的な意思決定のために有用な情報を提供することを意味する。以下,学術用語として自動化と記載するが,意味としては効率化と読み替えていただいても支障はない。

自動化による令状請求コストの低下

刑事手続には一定の時間とコストを要する。令状請求場面を例にあげれば,①請求書を起案して印刷・押印し,②疎明資料を整え必要に応じて謄本をつくって編成し,③それを裁判所へ運び,④令状の発付を受けて持ち帰り,⑤それから令状の執行へ着手することとなる。書類の印刷・編成の手間,そして移動時間には相当なものがある。
このプロセスが電子化されれば,①では印刷・押印が省略され,②も電磁的に保存されているファイル群から必要なものを選び出すだけとなり,③は送信ボタンひとつ,④は自動で受信となることが予想される。印刷・編成の手間は大幅に軽減され,移動時間は執行のためのものを除いて消滅する。

令状捜査の増加

これは,令状捜査の増加をもたらす。警察は人員と時間という有限のリソースをその判断で捜査活動に割り振っている。これまでの令状捜査は,人員と時間という有限のリソースを令状請求手続において大きく消費するものである。そうであると,警察はその重い負荷に見合う範囲で令状捜査を選択する。あまり重要ではないちょっとしたことの確認のために令状捜査を選択するということは,令状請求の負担の重さによって抑制されることとなる。
ここで,他の要素を変更することなく,令状請求のコストのみを低下させると,ちょっとしたことの確認のために令状捜査を使うことも合理的となりえる。 結果として,手続の自動化は令状捜査の件数を増大させる。 これは同時に令状捜査による権利侵害の総量が増大することを意味する。 また,捜査機関に取得可能な情報の増大は自動化の程度によっては,監視捜査に対する懸念も強めることとなる。

なお,ポジティブな作用として,従前,令状を取得すべきかどうか曖昧な場面において令状が取得されるようになる効果が期待できるともに,取得が容易になった点を捉えてこれまでよりも違法収集証拠の排除がされやすくなるのではないかという期待もあるところではある。

究極形としての捜索差押え許可状の一般令状化

以上のような自動化の行き着く先として,捜索令状が一般令状化する懸念もある。
令状請求が徹底的に自動化された結果として,現場からごく短時間で,具体的には数分で,令状請求して発付をうけることが可能な未来がきた場合を想像してみる。捜査機関としては,何らかの被疑事実で捜索に入ってさえしまえれば,捜索令状発付の基礎たる被疑事実と無関係に,目についたもののうち差押えたいものを対象とする差押許可状を短時間で取得して差押えができるようになる可能性がある。

実は同種の議論は既に存在していた。捜索中に別罪の証拠を発見した場合の取扱い如何というのは多くの刑訴法演習書で触れられているテーマである。この場合,当該証拠品について任意提出を促し,応じてもらえない場合は令状を取得して差し押さえるというのが典型的な解答である。法的にはまったくこのとおりであるし,また,現実問題として,別件の差押え対象物以外の物を狙う別件捜索を行うことは深刻な問題としては想定されてこなかったと言えよう。しかし,その想定の必要がなかった理由を考えるにやはり令状取得の手続コストが高いため現場から令状請求することの困難さがあったように思う。

なお,このような懸念の根拠として,かつて公正取引委員会の行ったといわれる次のような調査方法がある。

独占禁止法47条1項3号は,「帳簿書類その他の物件の所持者に対し、当該物件の提出を命じ、又は提出物件を留めて置くこと。」ができる旨を規定している。また,この提出命令に従わなければ1年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処せられうる(独禁法94条3号)。この提出命令の具体的執行については公正取引委員会の審査に関する規則に次のように定められている。

規則9条1項

審査官は、法第四十七条第二項の規定に基づいて同条第一項に規定する処分をする場合は、次の各号に掲げる区分に応じ当該各号に掲げる文書を送達して、これを行わなければならない。(1乃至3号略)

四 帳簿書類その他の物件の所持者に当該物件の提出を命ずる場合 提出命令書 (5号以下略)

同条2項

前項の文書には、次の事項を記載し、毎葉に契印しなければならない。

一 事件名

二 相手方の氏名又は名称

三 相手方に求める事項

四 出頭命令書又は提出命令書については出頭又は提出すべき日時及び場所

五 命令に応じない場合の法律上の制裁

同条3項

提出命令書には、提出を命じる物件を記載し、又はその品目を記載した目録を添付しなければならない。

これら条文から直感される手続は,審査官があらかじめ提出命令の対象となる物件のリストを対象者に送達した上で,対象者が後日提出するというものである。提出命令に不服である場合,送達から提出期日までの期間を利用して提出命令について撤回を求める等するなどの可能性がありえる。
ところが,審査官が調査場所に臨場し,現場で特定された対象物件に対し,提出すべき日時を即時とした提出命令をその場で交付する方法で送達するという方法が採られた例があるとされる。これは条文の通常の設計を前提とすると,制度の予定しない提出命令の執行方法と思われるが形式論理としては違法とは言いがたい。

ところで,現場で令状請求可能であるというのは,それが他の犯罪の証拠であるということが判明しているということである。これは英米法においてはプレインビュー法理があって無令状で差押え可能であるところ,現場でとはいえ令状をとって差押えるのであるからこのように差押えることができたとしても不都合はないとの議論もありえる。だが,そうであるとすれば安易な別件捜索を利用とすることを不可能にするために,捜索許可状について現行制度より具体的な記載を求める等の何らかの歯止めが必要となろう。近時の連邦最高裁も令状取得の短期化に伴い,捜索許可状の記載密度をあげるべきことを求めつつあるように思う。

令状審査密度の低下

さて,以上のように令状捜査の利用が増加するとしよう。しかし,そうであるとしても,ここで自動化されるのは令状請求のプロセスであって,令状審査そのものではない。裁判所が疎明資料を読み要件判断をして令状を発付するか否かの段階に自動化は及ばない。また,刑事手続全体を見たときに自動化によって大きく恩恵を受けるのは裁判所事務官・裁判所書記官の事務であって,刑事裁判官・刑事裁判所に対する恩恵は相対的に小さい。
ところが,既述のとおり,この状況で令状捜査の件数が増大することが見込まれる。ここで裁判所が令状審査に追加のリソース(人員なり判断支援の仕組みなり)を投入しなければ,人員当たりの審査件数のみが増大し,綿密・丁寧な審査を困難ならしめるおそれがある。
また,裁判所の審査量の増加は,令状審査に限られず上訴が電子化による自動化の影響を受けた場合にも生じる可能性がある。

自動化によるその他の弊害

逮捕手続に違法のある場合,逮捕前置主義のあることから,検察官としては勾留せず釈放の上で再逮捕してから勾留を請求すべきところ,あえて再逮捕せずに在宅に切り替えるといった対応をすることがある。もちろん逮捕段階で勾留の必要なしとの判断になった場合もあるだろうが,要因の1つに再度の令状請求を行う場合の手続負担もあると思われる。令状取得の自動化はこのような場合に再逮捕による身体拘束の増加も生じさせうる。

情報化が引き起こすもの

刑事訴訟法制が予定する分量を超える情報流入可能性の問題

現在の刑事手続は刑事手続において取り扱われる情報の総量が人間の認識範囲を超えることはないという前提で設計されているといえる。例えば,一次捜査を警察が行い記録を送致し,これを踏まえて検察官が若干の捜査を行った上で終局処分するという捜査段階の基本的な流れがある。この流れの中で訴追官とて終局処分を行う検察官は全ての送致記録を検討することが期待されている。記録の全部に逐語的に目を通すかはともかく,少なくともどこに何があるかを把握した上で,起訴不起訴の決定に関わる証拠については必要な検討を行うのが刑訴法の期待するあり方である。

しかし,警察捜査が効率化して取扱い情報量が増大していくと検察官による送致記録の全部検討が困難になっていく。令状請求が増大し,警察の取得情報量が増大すると検察官にはこれまで以上の情報が流れ込むことになる。

既に防犯カメラ映像を中心にアリバイの見落とし例が報告されており,流入情報量が検察官の処理能力を超えつつあることは明らかであるが,この問題はIT化によって一層の深刻化を生じる可能性がある。

検察官の処理能力超過は弁護側にも影響してくる可能性がある。

例えば,現今の証拠開示制度は検察官による開示相当性判断を前提としている(刑事訴訟法316条の15第1項柱書)。検察官が全証拠を検討できない状況で開示相当性判断はどうなっていくのか。更には膨大な証拠群に対する証拠開示裁定請求に裁判所は対応できるのかなどの懸念がある。

裁判所の事実認定におけるバイアスの強化の問題

令状審査とは仮説検証の一種である。適切な仮説検証を行うためには,当該仮説を支持する情報(正事例)と当該仮説を棄却する情報(負事例)とを偏りなく集めて検証することが必要となる。裁判官は令状審査に際しては,提出された疎明資料の全体から要件を基礎づける事実のあることを確認しつつ(正事例検証),同時にこれを失わせる事実のあることを併せて検討していくべき(負事例検証)ことになる。現状,疎明資料は紙媒体で提供されているから,基本的には疎明資料を順次読んで検討せざるを得ず,これによって先に述べた形に近づくことが期待できる(捜査機関の貼ってきた付箋箇所のみ読む怠惰を発揮している裁判官がいる可能性が絶無ではないが。)。
では,証拠が電子化された場合はどうか。従前のとおり前から読んでいくのであればこれまでと同様であるが,それが期待できるか。
想定される電子化に際しては,各種の書面と証拠は電子化された状態で提供されることが見込まれている。これはおそらく文字情報として検索可能なものであろう。そして,自動化によって裁判官のする審査の総量が増加する可能性については既に示したとおりであり,また,そうでなくても裁判官は多忙である。
ある程度,経験を積んだ裁判官は適切な検索ワードを設定して,必要な資料を検索によって見つけ出すことを試みるものと思われる。しかし,このような試みは確証バイアスを強化しうる。確証バイアスというのは,人が自身の仮説に合う情報ばかりをさがし,自分の仮説に合わない情報を探そうとしない傾向をいう(参照 服部雅史ほか『基礎から学ぶ認知心理学――人間の認識の不思議 有斐閣ストゥディア』131頁,2015年,有斐閣)。
捜査機関が令状を請求している時点で,なんらかの請求の基礎があると考えるのが合理的であるから,裁判官は令状請求を受けた時点において,令状請求について一応の根拠があるとのバイアスを有することになる(これは個々の裁判官の資質の問題ではなく,捜査機関が何の根拠,少なくとも必要性もなく令状請求をするはずがないという合理的予測の問題である。)。バイアスを根拠ありという方向で統制した状態で検索によって資料探索をさせると,裁判官が正事例検証のみを行う危険性がある。検索と確証バイアスとの関係についてはいくつか研究があり,バイアスを統制した状態で検索を行わせると検証が短時間の正事例検証にとどまる傾向があること,これがリテラシーの有無にかかわらずおきることが知られている(一例として,鈴木ほか2020。 https://proceedings-of-deim.github.io/DEIM2020/papers/D4-3.pdf )。裁判官が,従前,資料が紙媒体であることによって同時的に行っていた負事例検証が,電子化によって抜け落ちる危険性を生じ,令状審査の内容がこれまで以上に容易に令状を発付する方向に変化する可能性がある。

同様の懸念は公判審理における事実認定においても起きうる。

裁判官のパノプティコン

日弁連としては,令状記録を裁判所に保管するように求めてきた(日弁連意見書「捜査段階で裁判所が関与する手続の記録の整備に関する意見書」2014年5月8日。)。これは紙媒体を念頭に検討を行ったものである。そのために電子化によって1つの検討項目を付け加える必要を生じた。すなわち,裁判所に令状記録を保管させることとした場合,その記録にアクセスすることができるのは誰かという問題である。
これまで捜査段階の令状については,裁判所に記録が存在しなかった。また,捜査段階における令状発付に関して,令状発付をした裁判所の判断そのものが争われることは稀であった。このため,令状審査について,裁判所がその判断を第三者から検証される機会は乏しかった。仮に紙媒体を保管することとなったとしても,当該記録へアクセスするのは原則として同一の裁判所に属する裁判官だけであったろうし,また誰がいつどの記録にアクセスしているかを令状審査をした裁判官が知りうる可能性が高かっただろう。
ところが,令状記録の電子化されたものが保管されることによってこの状況が変わりうる。
すなわち,令状記録は,その電子化によって,請求を受けた裁判官以外の裁判所関係者が,令状審査を行った裁判官の知らないままに見ることができる技術的可能性を生じ,これによって裁判官の判断の変容が起こることが考えられる。具体的な関係者として,部総括,所長,最高裁事務総局人事局などをイメージしてみよう。もちろん,マンパワーの問題があるから全令状事件について実際にその適否が検証されるということはおこらない。しかし,自分の令状審査が検証されているかもしれないという心理状態を生じること自体が,裁判官の行動を変容させうる。これはあたかもフーコーのパノプティコンの効果に類似する。
この結果がどのように働くのかは分からない。発付率・却下率が把握されれば,全件について自動販売機と揶揄されるような審査は行いにくくなる反面,原理原則に忠実な令状審査を行う裁判官が統計量との乖離あるいは個別の判断を問題とされることをおそれて弛緩した判断に走ることも考えられる。
少なくとも,電子化による情報化が裁判官にとって検証され得るとの認識を生じるものであることを前提に,どの範囲で誰が記録にアクセス可能とするかが議論される必要があり,これは技術的事務的事項として裁判所に委ねて良い事柄ではない。

まとめ

以上,概観してきたとおり,刑事手続における情報通信技術の活用は単に紙記録を電子化して効率化するという性質のものではない。従前,紙の記録を利用した手続であることによって均衡してきた刑事手続のバランスを変え,判断の在り方さえも変えうるものである。
IT化そのものは避けられないとしても,すくなくとも以上のような課題があることを念頭に慎重に議論されなければならない。